someone's diary

生活の記録。

炊飯器に激怒しそうになったとき、懐かしい記憶を掘り起こした

先日、バイトの炊飯器が激熱になっているのに気づかず触ってしまい、軽い火傷をしてしまった。不覚、と思ったが次の瞬間には僕は炊飯器に腹を立てていた。なんでお前そんな熱々なんだ。

 

ん?と思った。

 

僕は今、物に怒っている。

 

 

僕にはそんな記憶がある。昔々、あのときも僕は物に本気で怒っていた────

 

 

 

2004年、小学一年生の時だ。この年僕は初めてコンピュータに触れた。父の職場にあったパソコンだ。

 

 

しばらくして、家にもパソコンがやって来た。

Windows XP。確か、誰かが自作したのを貰ったのだと思う。

 

お世辞にも良いとは言えないパソコンで、電源を入れてからスタート画面に行くまでに5分、パスワードを入れてからホーム画面に行くまでに5分、そこで焦ってインターネットのアイコンをクリックしようものなら画面がブラックアウト、砂時計のマークが永遠に出続けるという、今からすれば地獄のようなスペックだった。

 

 

当時僕はまだ我慢とかが苦手な年頃だったから、このパソコンにはものすごくイライラした。親は『機械に怒るな。頑張って動いてねってお願いするような気持ちでいれば怒らずに済むし、早く動くように感じるよ』と言って僕をなだめてくれた。あれは自分で感情のコントロールをできるようになれという教えだったのかと思うと、結構良いことを言っている。

 

 

恐ろしいことにこのパソコンは僕が中学1年生になるまで現役だった。長すぎだ。

 

それでもコイツは、僕になかなか色んなことを教えてくれたパソコンだった。これで初めての動画編集もした。5分くらいのスライドショー、音楽に合わせて編集して、テロップも沢山入れた。2ヶ月くらい掛かってたと思う。今思うととんでもないけど、凄く楽しかった。頑張ってDVDに焼くところまで行ったのだから褒めてあげたい。

 

あまり有益な調べ物をした記憶はないけど、肌色の画像や動画を沢山見た記憶はある。それまで保健の授業で煙に巻かれ続けた点が全て線で繋がったときの衝撃は筆舌に尽くしがたい。数学者のアンドレ・ヴェイユは、証明を完成させた時の快感を、冗談抜きに性的快感に例えたらしいが、なんかそんな感じだった。ヒント無しでむつかしい謎を解いたような感じ。ついでに言うと本物の性的快感の方も得ていたのだから快感の二乗である。

 

 

関係ないが、ネットがない時代は一体どうやってそうした知識を得ていたんだろう。昔の日本は性に大らかだったというから、なくても平気だったんだろうか。

 

 

 

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翻って、今僕が使っているLet's noteは電源を入れれば5秒でスタート画面だし、あらゆる動作が滑らかであるし、動画を編集しようがwordを使おうが基本的に落ちない、無敵である。割と上位のプロセッサが入っていると買うときに聞いた。

 

スマートフォンにしてもiPhoneは恐るべき速さで反応してくれるし、今や指先1つで美容院の予約、食事の予約、ネットショッピング、電子マネーでの支払い、なんでもちょちょいと出来てしまうし、それが当たり前である(かの様に感じる様になった)。

 

ふと、もしこのパソコンが、あのときのWindows XPだったらどうだっただろうと思う。

 

まず、履修登録に果てしない時間を奪われる。そうして、レポートを書こうと数式エディタなんかを使ったら(あの頃のwordに数式エディタがあったのか知らんが)間違いなく5文字に1回ペースでフリーズする。苦労して書きあがったものをPDF化するのに5分かかる。それを確認のために開くのに2分かかる。誤字を見つける。直そうとするけどファイルを開くのに5分かかる。そして表示される「Microsoft word(応答無し)」。

 

僕はレポートを落とす。そして教授からやってくる留年通知メール。開くのにまた5分かかる。

 

 

 

 

今の時代の子供達は、最初から人間がストレスを感じないレベルまで洗練された機械群に囲まれて育つ。

 

彼らは、まぁ、よほどのことがない限り機械に当たったりしないだろう。怒りどころが無いからである。

 

ただ、僕らの世代は、例えるならコンピュータのレベルが100→100,000,000,000くらいまで変化する時代と共に生きてきたけど、彼らはその変化を真の意味では知らずに生きていく。ウサインボルトがタイムを更新しました!と聞いても一般人には速い人がさらに速くなったらしい、程度しか分からない。

 

僕らは感覚の限界をとっくに迎えているような気がする。あらゆる性能はまだ暫く上がり続けるかもしれないが、これ以上良くなっても感覚的には大差ないと思うことだろう。

 

ならば、そうしたコンピュータの技術の成長の過程を見る楽しみや興奮は、もう死んでしまったんだなぁ。

 

今はパーソナルコンピュータの性能を上げるより、高度に高速化された通信を使って、遠方のスーパーコンピュータの力をパソコンが借りるという方向にシフトしているそうだ。

 

ふと、理系の学生としては、今が100のものを研究したいと思った。もうそろそろ、院のこととかも調べなくてはならない。

 

 

 

 

 

なんの話をしてたんだっけ。

 

あ、そうだ、火傷気をつけます。右手の甲が痛い。