someone's diary

生活の記録。

随筆の愉しみについて

この日記を書き始めたのは、自分の考えを整理する場所が欲しかったのと、文章を書くことを通じて自分が何を良いと考え、どう生きていきたいのかということを探していこうと思ったからである。

 

 

はてなブログのデザインはシンプルで好みだったし、

真顔日記

もはや日記とかそういう次元ではない

といったブログが面白くて、この人達のブログばっかり読んでいたら、なんだか自分も書きたくなった…ということで自然とはてなブログを選んだ。

 

 

最近、実は日記読んでるよと言われることが増えた。

 

公開しておいてなんだけど、結構恥ずかしい。

僕が何を考えているのかを知ってもらうことは悪いことではないはずだし、 見せても恥ずかしくないと思ってはいるんだから見せよう!ということでやっているけれど、『読んでるよ』と言われると恥ずかしいし『結構面白いと思う』なんて言って貰った日には顔面が朱色に染まりそうだった。

 

それでも、何を考えているか分からないと言われるくらいなら、拙くても空に向かって思ったことをさらけ出した方がいい。

 

しかし、よくよく振り返ってみると、僕は自分の文章を人に見せるような機会を与えられたことが無かった気がする。読まれたことが分からないなら、それは僕に何も及ぼさないのだから数には入らない。どこかの文集に載せられた作文は一体誰が読んだだろうか。いや、僕は一度でも友達に文章を見せたことがあっただろうか。小さい頃から書く練習を沢山してきたのは確かでも、人に読んでもらってその感想を聞く…みたいな経験はほぼ無かった。それなら恥ずかしくても当然かな。

 

今はこんなに簡単に、人に読んでもらえる環境にあるんだから、そういう意味ではやはり豊かな時代だ。清少納言が聞いたらびっくりするだろう。

 

 

僕は文章が好きだ。それはもう、話すことよりも数倍。僕の性格にはそれが合っているんだと思う。話すときも文章を書くように内容を考え込んでしまうから、それは良くないなぁと思ってはいる。そこの住み分けはできるようになりたいな。

 

 

僕の日記の1番の読者は僕である。楽しいからこれからも書く。そうすれば、もっと世界を楽しく見れるようになると思うのだ。