someone's diary

生活の記録。

スピッツに歌われる恋の理由のなさ

女性と付き合うというのは、文字通りその人の行動に"付き合う"ことだと思う。会う必然性を持たない他人同士が、"好き"という一点だけを以って、それを会う理由とみなすということ。

 

そして恋愛というのは、他人だった相手をより深く知って、距離を縮めていく過程。

 

 

 

最近またよく、スピッツを聴く。スピッツは基本的に恋の歌を歌うバンドだと僕は思っているが、草野さんの歌う詩にはこんなごちゃごちゃとした考えはなくて、そこに表されるのは相手への気持ちそのものだったり、屈折した変態的にも取れる好意だったり、恋の終わりや死につきまとう諦念や悲しみだったり、或いはもっと生々しい行為の暗喩だったりする。理由は歌われない。

 

 

何個か歌詞を引用する。

 

でもさ、君は運命の人だから、強く手を握るよ 

 

"運命の人" 

 

君の記憶の片隅に 居座ることを今決めたから

 

"涙がキラリ☆

 

君と出会えたことを僕

もっと大事にしたいから

僕がこの世に生まれてきた訳にしたいから

 

"恋のうた" 

 

独りぼっちが切ない夜 星を探してる

明日君がいなきゃ 困る

 

"スターゲイザー

 

そう歌うことに根拠も理由もない。これは確かに恋を歌っている。この詩そのものが恋を表している。

 

もし、

『僕はこれこれこういう理由で君が好きです』

って言われたら嬉しいだろうか。これはまるっきり興醒めというものだ。

 

『何となく気になって夜も眠れない』

と言われた方が気持ちは伝わりそうだ。

 

 

気持ちを表そうとするとき言葉は全く万能ではない。言葉を使って表そうとした時点で、言葉にならない部分が必ず捨てられてしまう。具体的なことを言えばいうだけ、表現されない部分が増える。言葉が万能でないから詩が必要なのだ。

 

 

この詩みたいな理由なんかない気持ちが欲しいと思う。

 

 

どうしてそう思ったのかすら分からないような素直な気持ちだけで編まれた時間が再び訪れればいい。

 

また今度、他のスピッツの歌詞を読んで、星の王子さまを読み直そう。